某税理士法人 富裕層向け会報 9月号掲載

「海外から見た日本の富裕層」

私のこと 私は米国に8年、上海に5年、シンガポールに来て3年になります。社会人の大半を海外で過ごしていることになるのですが、米国のロサンゼルスに95年に渡って以来、激動する世界を目の当たりにしてまいりました。89年に卒業して日本の企業に就職し、95年に米国、03年に上海、リーマンショック後の08年にシンガポールにまいりました。お気付きの通り、私はこの20年間を景気の良いと呼ばれる国々でたまたま偶然にも過ごしております。バブル終焉を迎えようとしている日本で社会人となり、その後の米国ITバブル、上海の不動産バブル、シンガポールの未曾有の好景気(機会があればお話ししたいと思いますが、シンガポールはあえてバブルとは呼んでおりません。)とインフレ経済の申し子のような人生です。特に私が03年に上海に行った当時は、まだまだ日本食、スーパーなども少なく、当時は例のサーズが中国の不衛生な環境も手伝い大きな問題になっていた頃です。今の中国の横柄なふるまい、暴言は当時には全く考えられなかったことも記憶には新しい事です。

兄のこと 89年、私の兄は某証券会社のシンガポールヘッドとしてシンガポールに赴任いたしました。そして95年に忘れもしない日がやってきます。95年、私の方は当時、世界経済をリードする米国への赴任が決まっており、有頂天になっていた時期です。そこに突然の兄からの電話。“僕はxxをやめるよ。そしてシンガポールに賭ける。” xxは日本最大の証券会社です。当時も今も。しかも、95年当時は前述のようにITバブルが始まる直前、米国は世界の誰もが憧れる、依然としてアメリカンドリームを実現できる国でした。当然、当時の風潮は米国が上、アジアは下という認識です。最初は兄の話が全く理解できませんでした。しかし、あれから15年以上経ち、世界の富裕層の目がシンガポールを見ている事を目の当たりにして、兄の先見性はすごかったなと当時を振り返っています。後日談ですが、兄にこの件を話したところ、実際にはもっと時間が掛ると思っていたらしく、ここまでの急成長は予想外だったとも。こんなに早くシンガポールの時代がくるのが分かっていれば、もうとっくに引退できていたよと。(笑)

日本への思い、そして憂い 少し話題がそれましたが、まずは本題に入る前に、私から見た日本の印象、日本に対する思いを含めてお伝えしたいと思います。米国、上海、シンガポールを見て来た私にとって、日本とは間違いなく、世界最高の国(政治とは切り離して下さい)でした。四季折々のきれいな自然があり、人々もやさしく、特に何と言っても日本で育った私にとっては最高のおいしい食べ物があります。日本を離れれば離れる程、日本が懐かしく、誇りでした。おそらく、一度でも日本から離れて海外で生活された方は同じ思いではないかと思います。

今、日本に帰るとがっかりする事がたくさんあります。日本の風景はそのままですし、おいしい食べ物も変わりません。それは言うまでもなく日本の政治であり、若い世代の人達のマインドです。政治については専門家の方にお任せするとして、若い世代の方のマインドについて少し触れたいと思います。

最近良く耳をするようになった事に、若い方が海外で仕事をすることを嫌がっている傾向が挙げられます。皆様もお聞きになったことがあるかもございませんが、商社に入社した新入社員が海外赴任したくないと言うのです。“商社は、海外で仕事をしたいから入社をするのではなかったの?”というのが、私の世代の認識です。それが大きく変わって来ているようです。

私が感じるように、今の日本には全てが揃っています。安全で清潔な環境、おいしい食べ物、家族や友人との面白くて楽しい生活。かつては聞きなれた衣食住という言葉が消えてしまったように思います。それ程、日本は裕福になってしまったのかもしれません。全てが手に入る夢のような世界、すなわち、日本はディズニーランド化してしまったように思えます。ディズニーランドは皆様がご存じの通り、ディズニーが作った夢の世界・物語を遊園地にしたモデルです。そこでは、みんな仲良く、笑顔の絶えない世界です。人間関係・仕事関係でストレスを感じることもありません。ただ、世の中のお父さんだけは順番取りで、楽しむ暇は無いようですが。

誰も帰りたいとは思わない世界がそこにあります。もちろん、一旦外に出れば、その瞬間からたくさんの帰宅に向かう人、交通渋滞に悩まされます。ひとときの幻でしかなかったのです。ずっと、ディズニーランドの中にいたいという気持ちも良く分かりますが、冷静に考えれば、決して許されることではありません。これが、現実問題として日本の国の中で起こっているという気がしています。特に若い世代の方が、日本を出て苦労するよりも居心地の良い日本で楽に生活したいと思っているのではないかと危惧してしまうのです。

今現実にある日本と言う国は、私どもの世代、ましてや若い世代が作り上げたものではありません。私ども親の世代、そしてその前の世代の方々が、日本をもっと裕福にしたい、安全にしたい、世界に誇れる国にしたいと長い時間をかけて作り上げてきたものです。その為に大勢の日本人が海外に出ました。外貨を稼ぐ為、海外での発言力を強くする為、目的は様々です。その絶え間ない努力が今の日本であり、成功を導いてきたことは疑いの余地はありません。

私どもの世代を含めた若い世代、そして政治家は、その上にあぐらをかいているだけです。私利私欲に利権争い、平和で豊かな生活、既にあるものを日本の中で取り合っているだけです。積み上がった巨額の政府債務、孤立化する日本の若者、すでに世界における日本のポジションは見えてしまったような感さえあります。資源も何もない日本が日本の外に、世界に打ってでなくて、子供たちに何を残せるのでしょうか?何も生み出すことなく、消費するだけ(消費するだけならまだしも、マイナスです)の社会に未来はありません。

欧州公債の危機 今、欧州のソブリン債危機が世界中の話題をさらっておりますが、もともとは、欧州ソブリン債危機は“国家は破綻することがない”という前提から始まっている為に、世界中の金融機関が無担保でお金を貸している現象に過ぎません。そこに国家は破綻しうるという信用リスクが顕在化してしまったのです。通常、金融機関が民間企業に資金を貸し出す際にはいろいろな調査、そして担保を要求して、債務の健全化を図ります。ところが、国債は盲目的な国家への信任により、金融機関はほとんど何の調査もなく、ましてや担保を取ることもなく、債券と引き換えに資金を融通してきたのです。政治家や国家のリーダが有能で、返済能力があるかどうかなどは関係ないのです。唯一、その国民・企業に対する国家の絶対的な課税権が、貸し手の金融機関により、担保として勝手に捉えられているのかもしれません。

日本公債の危機 お気付きの通り、欧州ソブリン債を日本国債に、世界の金融機関を日本の金融機関に置き換えれば、その前提はまるっきり同じです。日本政府(政治)に債務返済能力があるかどうかの検証なく、当然、担保もなく、日本の個人資産の大部分がゆうちょ・銀行・保険会社により“勝手”に、日本の公債の購入に充てられているのです。(日本政府への融資となっているのです。)これも同様に課税権(増税)を担保と看做しているとでも言うのでしょうか?それとも、国債の償還用に大量の紙幣を発行してもらい、ハイパーインフレと通貨安を期待すべきなのでしょうか?国債が国内で消化されている以上、世界中に問題をまき散らすことはないかもしれません。でも、問題が起こらない訳では決してないと考えています。少なくとも日本国内でまずは大きな痛みを伴う何かが起こるはずなのです。

以上のお話は、決して長い時間軸の中で起きた出来事ではありません。本当に数年単位での出来事なのです。日本の中にいると、とても時間がゆっくり動いている印象があります。ところが、世界は日本を置き去りにして、日々激動の変化を繰り返しています。世界の出来事は、本当に日本人、日本に住む人にとって無関係なのでしょうか?決してそんなことはないはずです。世界に打って出ない日本を誰が相手にするのでしょうか?相手にしようもありません。だから、何も起こることなくゆっくりと時間だけが過ぎているのです。

返済不能の債務 プライマリーバランスは経常的に赤字が見込まれ、日本の政府債務残高は日を追う毎に増え続けています。1000兆円が既に視野に入っています。それに加えて、特殊法人の抱える不良債権はこの数字の中には入っていません。日本は既に人口減少、少子高齢化という紛れもない事実に直面しております。国力はすなわち、潤沢な若い労働力とも言えます。多少の消費を厭わず、生活をより良いものにしたいという、燃えるような活力です。残念ながら、日本はその時期を過ぎてしまったようです。国力が衰えていく、税収が減り続けるにもかかわらず、益々積み上がり続ける巨額の政府債務。今まで、蓄えて来た個々の資産を全部吐き出せと言うのでしょうか?それとも、お得意の“神風”がまた吹くとでも思っているのでしょうか?

私がお会いした資産家の方の中には、“これまで、まじめに一生懸命働き、きちんと税金を納めて来ました。それなのに、なぜ、こんな風になってしまうのか。二度と税金なんか納めたくない。” シンガポールの友人は言います。“日本は所得税も、法人税も高い。おまけに高額な相続税、贈与税もあるのに、なぜ、財政赤字なの?” もっともな意見に思えます。 *シンガポールの個人所得税は20%が上限の累進課税、法人税は一律17%、相続税、贈与税は2008年に廃止されました。それでも、財政は遥かに黒字で、政府は潤沢な資金を有しています。

日本円の運命 以前より、日本から香港、シンガポールへの資金の流れはありました。日本で何も生まない状態で金融機関に預けておくより、海外で運用して、例え支払う税金が増えたとしても全体の資産を増やすことができるからです。今は、日本に置いておくことにより何も生まないどころか、無くなってしまう可能性が出てまいりました。前述の通り、無担保融資に回されているからです。増税として回収されるのか、インフレで吸収するのか、100年単位での償還繰り延べや、償還しない(デフォルト)という選択をするのか、はたまた預金を封鎖するのか。近い将来には、海外に資産を出すことができなくなる(少なくとも送金制限がかかる)かもしれません。いずれかの時点で日本政府は判断を迫られます。そして、その負担を負うのは紛れもなく預金者の預金、日本国民の資産なのです。

リーマンショックがそうであったように、欧州ソブリン債リスクがそうであるように、信用リスクは突然大きな変化を起こします。日本円に対する信用リスクもいつ発生するか分からないのです。発生した時には既に手遅れなのです。何年も前から円安が叫ばれながら、“一向に何も起きない、逆に円高になっているじゃない”という声も聞かれます。だから、起こるはずがないと言うのは大きな間違いのように思います。偶然が重なって、慎重に検討する時間ができたと喜ぶべきなのかもしれません。日本にとっては、遥か制御不能の円高なのです。

動き出す富裕層 本題に入ります。感性の高い方は、既にこの危機に気付いているようです。特に事業を起こされ、日々の変化に大変敏感な方々が最初に動き出しております。富裕層、資産家と称される方々が多いように思うのは、それまでの成功を裏付ける研ぎ澄まされた感覚が、何かを感じ取っているのでしょう。多くの富裕層・資産家の方が、来るべき時にそなえて海外への資産の移転、隔離を進めています。特に震災以降は、東電と政府の対応に嫌気がさした方も多いようです。シンガポールには震災直後、金融機関への訪問、不動産の見学、セミナーなどの為に資産家の方々を中心に訪問者が殺到致しました。もちろん、全ての方ではありませんが、既に、事業拠点を移された方、シンガポールへの移住をお決めになった方、資産を移転された方がいらっしゃいます。

今、シンガポールに人・物・資金が集まってきています。これは、日本からだけの出来事ではなく、世界中の国、人々が同様の行動を取っています。シンガポールの一挙手一投足が世界から注目されています。(かつての日本がそうでした)シンガポールは1965年にマレーシアから強制的に独立させられた、東京23区を一回り大きくしたくらいの小さな国です。人口も510万人程です。80年代には、書店に行ってもシンガポールの観光ガイドは存在しなかったようです。(マレーシアのガイドブックにおまけのようについていたそうです)建国当時、首相リー・クアンユーは途方にくれました。資源も何もない島国ですから。その彼にとって、日本は光輝く国だったそうです。敗戦国の島国で何の資源も待たない日本という国が世界へ躍進している最中ですから。シンガポール、そしてリー・クアンユーという人は、日本の背中を必死になって追いかけたのです。そして、今日、シンガポールはスイスのビジネススクールが毎年発表している国際競争力で2年連続1位となり(日本は最初にこのランキングが発表された当時は常にトップでした)、また、プライスウォーターハウスクーパーズは2013年にはロンドン、スイスを抜いて世界1の富裕層資産管理国になると新聞紙上で発表しております。過去20年間で日本とシンガポールの名目GDPは完全に逆転しています。片やデフレの(失われた)20年、片や成長し続けた20年間ですから仕方がないのかもしれません。多民族・多宗教国家であるにもかかわらず政治・治安(犯罪発生率は日本の半分以下です)は安定し、世界中の中国人・華僑とルートを持ち、英語を第一公用語、教育レベル・医療レベルも非常に高く、おいしい食べ物もふんだんにあります。イスラエルと共通の軍備力(核は保有していません)も備えています。シンガポールはまだまだ日本に住む方にとっては近くて遠い国のようです。(かつての私もそうでした)ただ、日本で想像以上の事が、このシンガポールでは起きているのです。

日本のためにできること 必ず起こるであろう何かの時の為に、私ども日本人にとって日本の“復興”は必ず必要になってまいります。シンガポールに移住された皆様、資産を動かされた皆様、そしてそのお手伝いをさせて頂いている私どもは、日本からの“逃避”をした、“逃避”のお手伝いをした訳ではありません。“復興”と言う、来るべき時に備えて準備に入ったのです。これは、近隣諸国、中国、ロシア、韓国などの国に任せる訳には行かないのです。私どもの手でなさねばならないのです。日本にいて全員が共倒れしてしまっては、日本は二度と元の姿に戻ることはないでしょう。

日本に資産を置いて置くことの無駄、リスクを検討すべき時間も、あと僅かです。

以上